番外編 「鞍馬越え」

tamon-wat2005-12-19

NHK大河番組「義経」に触発されてというわけではありませんが、洛北の霊山「鞍馬山」にお参りしてまいりました。
鞍馬山は歴史、文学、芸術、自然の山ですが、とりわけ信仰の山であることご存知のことでしょう。
信仰の中心は「尊天信仰」。
宗派にこだわらぬおおらかさで山内は尊天の活力が満ち満ちているのです。
座禅を組む人、念仏を唱える人、祝詞をあげる人、ヨガをする人・・・。
各人各様に、それぞれが信ずる方法で尊天の霊気をあびています。
私もそんな修行者や観光客に混じって、仁王門から八丁七曲がりの九十九折参道を登り始めました。
多分義経も登った参道だから、尊天の活力を頂くのだから、と自分に言い聞かせて一歩一歩
足を運びました。
たちまち日ごろの不摂生が足を重く感じさせます。
由岐神社あたりでもう汗が出てきました。
高さにしてまだ50mくらいしか登ってはいないのにこの様です。
本殿金堂までの九十九折の道はやたら長く感じていました。
汗を拭き拭き本殿を参拝し、いよいよ背後にそびえる奥の院へと進みます。
実はここからが今回の旅の目的のひとつでもありました。
30年以上も前、若かりし私は本殿まで登ったにもかかわらず、この奥の院までは足を伸ばすことなく、後ろ髪を引かれる思いで「次に来たときには・・・」と思いつつ去った山頂だったのです。
「次に・・・」の機会まで30年の長きを要しました。
今度こそ奥の院に詣で、義経が名残を惜しんだという「背比べ石」に触れ、魔王殿に参拝して貴船口に降りるという念願の「鞍馬越え」に挑戦できます。
うっそうとした老杉の山道を静かに登っていきます。
いつしか苦しさは消え、一種のクライマーズハイの状態になっていました。
息継ぎの水を過ぎ、沈黙のなかを進みます。
木の根道を一歩一歩詰めていくと、突然馬の背に出ました。
貴船道の最高地点でした。
傍らに義経の背比べ石が立っています。
存外小さなその石に掌を当てると、石はひんやりと押し返してきます。
少しの間伝説の名将や「征伐された東北の民」に思いをはせて、私はまた歩き始めました。
今度はすべて下りです。
下りの気楽さもあって、行きかう人に自然と声をかけていました。
「こんにちは」
わかってはいるのです。登りで息を切らしている人は返事をするのも大変なんです。
でも、ごめんなさい。嬉しさについ声を発していました。
魔王殿を過ぎると急勾配の木の根道が続いています。
高度を下げていくと、だんだんと紅葉が現れてきました。
貴船の紅葉です。
笑い始めた膝を気にしながら、ずんずんと下っていきました。
西門を出て橋を渡ると、そこはもう貴船です。
水の神様にご挨拶をして、谷あいを見渡せる東屋に腰を下ろしました。
夏であれば、さぞやにぎわっていることでしょう、眼下の川には有名な川床もなく、静かに加茂川の源流が紅葉を写していました。
私は30年もかかった念願の鞍馬越えを果たし、満足の息を続けていました。
紅葉の向こうに30年前の仲間の姿も浮かんでいます。
やがていつか、
永遠の時の流れに還っていけば、懐かしい人達にも再び逢えるのでしょう。
そんな日が来るまでは、
私も一所懸命に水をかいて、泣き笑いを繰り返していきましょう。
それだって、とても楽しくてしかたがないのです。
生きていること、すばらしいこと、鞍馬の山にあらためて教えていただきました。


  • 写真は貴船から見た鞍馬の山塊です。標高が高いせいか市内よりは紅葉も進んでいました。